交錯。

2006年10月17日 思考過程
ヒトの数だけ、世界は存在する。
ヒトはそのヒトの世界をもっている。
つまり、そのヒト独自の見方で捉えた世界で生きている。
同じ対象でも、見方が異なれば、違うモノに見える。

社会ってのは、そんな世界同士の社交の場。
それぞれの世界が
交わったり
離れたり
重なったり
反発したり
交錯している。

同じ世界にいると思っていても
実はそれぞれの世界の中で生きている。
たまにそれが交錯するというだけ。
交錯した一部分である世界も
そのヒトの見方が異なるので、異なる見え方となる。

同じ土俵で話をする。
本来は無茶な話なのかもしれない。

交錯はやはり、交錯に過ぎず
そのヒトの一部分の世界に過ぎない。
そのヒトには他の部分があるというコト。
しかも、その他の部分は交錯外であるので見えないし
見えたとしても、そのヒトの見方で異なって見えてしまう。
たまたまジブンの世界に入ってきたタニンの世界。
それはそのヒトの世界のスベテではない。
さらに言うと
そのヒトの世界をそのヒトとは違う見方で捉えている。

それでも
ボクラは同じ世界を見ている、共有していると思っている。
どうやら世界と世界の間には
誤解、勘違い、思い込み、妄想
そういったエーテルで満たされているような気がしてならない。

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